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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4337号 判決

原告 草川つた

右訴訟代理人弁護士 飯島稔

被告 株式会社カワセイ

右代表者代表取締役 川上清

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 秋田経蔵

同 中本安夫

同 井出正敏

同 井出正光

主文

被告株式会社カワセイは原告に対し別紙目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明渡し、昭和四二年五月二八日から右土地明渡ずみまで一ヶ月金一万円の割合による金員を支払え。

被告川上清は原告に対し同目録記載(一)の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

第一請求の原因

一  原告は別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地という)を所有している。

二  原告は昭和二六年三月被告川上清に対し、右土地を、建物所有の目的で、期間の定なく、賃料月額金一六二〇円で賃貸し、なお右土地を他に転貸ししたときは催告なくして解除できる旨を約した。(なお昭和四二年四月当時の賃料は月額金一万円であった。)

三  ところが、被告川上はその後間もなく右土地を被告会社に転貸し、同目録記載(二)の建物(以下本件建物という)を所有するにいたった。

四  原告は被告川上に対し昭和四二年四月六日到達の書面で、転貸が同月二〇日までに停止されない場合は前記賃貸借契約を解除する旨意思表示をした。

五  被告川上はこれに応じなかったので、原告と被告川上との間の前記賃貸借契約は同日を以て終了した。

六  被告会社は本件土地の上に本件建物を所有し、本件土地を権原なく占有し、原告に対し一ヶ月金一万円の割合による賃料相当の損害を与えている。

七  よって被告川上に対して契約終了にもとづき本件土地の明渡を求め、被告会社に対しては所有権にもとづき、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求め、併せて訴状送達の翌日である昭和四二年五月二八日から右明渡しずみまで一ヶ月金一万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

第二答弁

一  原告主張の請求原因事実一は認める。

二  同二は認める。(昭和四二年四月当時の賃料額は争う)

三  同三は否認する。

被告川上は本件土地を原告から賃借すると同時に本件建物を建築所有し、雑穀の仲買業をしていたが、昭和二七年一月ころから東京穀物取引所が開設され、これに伴って仲買人も行政庁の指示によりそれまでの個人営業を会社組織にすることになり、被告川上も同年一〇月被告会社を設立(当初東京乾物雑穀仲介業株式会社、その後昭和四〇年一一月一一日現商号に変更)し、被告川上の個人営業をそのまま引継ぎ、自らその代表取締役となったのである。この様な場合に本来被告会社を法律上別人格と考えるべきではないのである。

被告川上の個人営業を引継いだので、被告会社は被告川上所有の本件建物も、帳簿上自己の所有として記載し、昭和三〇年被告会社が第三者からの借受金債務のため本件建物に抵当権を設定するに際し保存登記をしたが、名目的なものにすぎず、実体的には被告川上の所有であって、被告らの間に本件土地の転貸行為は行われていない。

四  同四の意思表示が到達したことは認めるが、その余の事実は争う。

五  同五は争う。

六  同六は否認する。

七  同七は争う。

第三抗弁

一  被告川上が被告会社に本件土地を転貸したものとしても、原告は右転貸しを承諾したものである。

1 原告は被告会社から直接賃料(及び掃除料の名目で)の支払を受け、これにより被告会社の転借を明示に承諾したものである。

2 明示でないとしても、本件建物には被告会社の看板が掲げられており、郵便物の出入れなどからも隣地に住む原告としては当然被告会社が本件建物を所有し本件土地を転借使用することを知っていたのに一〇年余も異議を述べることもなくこれを容認した。

二  そうでないとしても、右転貸借は前記経緯によって明らかなとおり原告と被告川上との信頼関係を破壊するものでもないし、原告に対し損害を加え、又はそのおそれがあるものでもないのであるから、原告は被告川上に対し本件賃貸借契約を解除しえないというべきである。

三  右が認められないとしても、本件賃貸借契約の解除権は時効によって消滅した。すなわち、被告会社において、本件建物の保存登記をしたのは昭和三〇年三月一六日であるところ、原告において、これを無断転貸しとして解除を主張するならばその時から解除権の時効が進行するものというべく、一〇年の時効期間の経過した昭和四〇年三月一六日を以て右解除権は時効によって消滅したものである。

四  そうでないとしても、被告会社は賃借権を時効によって取得した。すなわち、被告会社代表者川上清は自己が賃借する意思で前記昭和三〇年三月一六日から平穏公然に占有を始め、以後占有を継続し一〇年を経過した昭和四〇年三月一六日被告川上と同一内容の賃借権を取得したものである。

第四抗弁に対する答弁

一  被告ら主張の抗弁事実一の12は否認する。

二  同二は否認する。

1 本件賃貸借契約には無断転貸の場合の無催告解除約款があり、賃借人以外の第三者の使用を禁止しているのに被告川上はこれを無視して転貸し、その是正の催告にも応ぜず、賃貸人の信頼を覆えしている。

2 被告会社が昭和三〇年三月一六日訴外柴源一郎から金九五万五〇〇〇円の借入金のため根抵当権設定登記の必要上転貸ししたものであって、これによって同会社は多額の利益をおさめている。

3 被告会社は最近破産状態となり、この点でも賃貸人に対する背信行為はとうてい否定できない。

三  同三は否認する。

四  同四は否認する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因事実一、二(昭和四二年四月当時の賃料額を除く)は当事者間に争がない。≪証拠省略≫によれば、右賃料額は月額一万円であったことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。

二  そこで、被告川上の被告会社に対する転貸の有無について判断する。

1  ≪証拠省略≫によると、次のとおり認められる。すなわち、被告川上は原告から昭和二六年三月本件土地を賃借して本件建物を建築所有し、乾物、雑穀の仲介業を営んでいたが、間もなく行政庁(農林省)からの指導もあって、個人企業を会社組織にすることになり、昭和二七年一〇月二八日被告会社である東京乾物雑穀仲介業株式会社を設立し、川上清が代表取締役に、なお大口の顧客として取引のあった柴源一郎が取締役に就任し、被告川上清の営業をそのまま継続していた。(その後商号を株式会社カワセイと改めた。)しかし、柴は設立当初から、一時期を除き殆んど毎日被告会社に出かけ、資金的援助もし、昭和三〇年三月一六日本件建物につき被告会社の名で保存登記をしたうえ、これに対し債権額九五万五〇〇〇円につき抵当権を設定し、経営にも関与していた。最近にいたって被告川上が病気になったため、長男川上清司(取締役)が代って経営に当っているが、同会社は昭和四二年二月ころ倒産して、破産状態になり、債権者の管理のもとにおかれ、整理が進められるようになり、その一人である柴源一郎は同人の名で借地権譲渡を申入れ拒絶されたが、現在本件建物を債権者委員からの依頼を受け、その管理として同人の倉庫兼作業所として使用している。

その間、原告は終始本件土地の隣地に住み、被告会社の事務員、時に被告川上本人から地代の支払を受け、(賃料は被告会社が負担し、「地代」と「清掃夜警代」の二つに分け、領収証は便宜被告会社において名宛人を川上清と記載(一部には被告会社名を記載して)持参するのを利用)していたが、右のような被告会社の本件建物の使用状態について原告もこれを知らないわけではなかったが、その所有関係(これに伴う敷地使用関係)についてまでは明確には知らなかった。このように認められる。

2  右認定の事実によれば、被告川上は遅くとも昭和三〇年三月一六日本件建物を被告会社の所有に移し、その敷地である本件土地を転貸し、被告会社は右建物を所有し、本件土地を占有するにいたったものと認めることができ、他に右認定を動かす証拠はない。

二  右認定のように、原告が被告会社の出捐による賃料の支払いを川上清の名で受けたとしても、これのみを以て直ちに被告会社の転借を明示に承諾したものと認めることはできず、他にこれを認めるべき証拠はない。

また、前記のとおり、原告が終始本件土地の隣地に住んでいて、被告会社の本件建物使用状況を知らなかったとはみられず、建物所有とこれに伴う敷地使用として明確に認識はしていなかったとしても、前記認定のようなことから被告会社あての賃料の領収証を交付していたこともあったとみられるのであるが、積極的に被告会社への転貸しを容認した言動があった形跡はなく、これを認めるべき資料もない。かえって、≪証拠省略≫によれば、積極的な承諾とみられるおそれのある書類の作成を求められたときは原告においてこれを拒絶したことがうかがわれ、直ちに黙示に右転借を承諾したものと認めることも困難である。

三  被告は右が転貸借に当るとしても、原告と被告川上との信頼関係の破壊がないから、右賃貸借は解除できないと主張する。

右認定のとおり、被告会社は被告川上の個人営業を、行政庁の指導もあって、法人組織にしたもので、個人会社に近い会社であったが、柴源一郎が当初から取締役として関与し、被告が病気後は長男が代ってその職務に当っているが、柴源一郎も殆んど被告会社に毎日出かけ経営にも相当関与していたものと推測され、更に同会社は昭和四二年に倒産し、破産状態となり(代表者である被告川上自身も同様と考えられる)、債権者の管理に委ねられて整理が行われ、本件建物は現在柴源一郎においては使用しているなど、右営業の実体、建物の使用関係、原告と被告川上との間の信頼関係が当初の被告川上のそれと変らず、信頼関係が破壊されたというに足りない状況にあったとは直ちに断定できない。

ただ、その間終始原告は隣地に住んでおり前記のようなことから被告会社宛の領収証を交付したこともあり積極的に被告会社への転貸しを容認しないまでも、右の状態を長い間続けていたのであるがその後、前記のように被告会社(被告川上も)が破産状態になって債権者の管理、建物の使用のもとに整理が行われるにいたって、信頼関係の破壊が一層顕著になったとみられる以上転貸を理由とする被告川上に対する本件建物の賃貸借契約の解除は許されるものと認めるのが相当である。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。被告主張のように原告に損害を生ずるおそれもないとしてこれを否定すべき理由はない。

四  なお、被告は解除権の時効による消滅を主張するが、転貸に当る背信行為が継続している間は、一連の行為として賃貸人と賃借人との信頼関係は破壊された状態で継続しているわけであるから、その期間は右を理由とする解除権も又不断に発生しており、賃貸人はその間の任意の時期をとらえて解除権を行使することもできるものと解するのが相当であって、賃貸人は転貸行為が継続しているにかかわらず常に当初の転貸行為としてのみこれをとらえ、そのときから直ちに全転貸行為に対する解除権の消滅時効が進行を開始するものと解すべき合理的理由は見当らない。本件において、被告川上の転貸行為が前記認定のように原告の前記契約解除の意思表示当時まで継続しておりその背信性が一層顕著となったのはその少し前であったから、原告の解除権がその行使当時すでに時効によって消滅していたものと認めるべき理由はないといわねばならない。

五  なお、被告会社は時効による賃借権取得を主張するけれども、被告会社代表者川上清が本件建物を被告会社名義に保存登記をした当時から被告会社において自ら直接原告から賃借する意思を以て又は転借について賃貸人である原告の承諾を受けたものであると信じ、その意思で本件土地の占有を始め一〇年間占有を継続してきたと認めるべき資料はない。

よって、右主張は採用できない。

六  それならば、被告会社は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し、訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年五月二八日から明渡ずみまで一ヶ月金一万円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務があり、被告川上は契約終了に伴い右土地を原告に明渡す義務があるものというべく、原告の請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、なお仮執行は相当でないものと認めこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

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